2019年4月6日土曜日

佐野弘美を道議会へ

選挙戦最終日、音宣伝が終了しました。道
市民と野党の候補、石川ともひろさんを押し上げて国言いなりの道政を変えよう。
国保料の負担増、消費増税ストップ。カジノ絶対反対。
道民生活を守るために、道議会で働かせてください。
心を込めて訴えぬきました。
佐野弘美を再び道議会へ送り出してください。
何としても、勝たせてください。



2019年4月3日水曜日

ロールキャベツの思い出

道議選真っ最中。毎日宣伝しています。演説の一説をまず紹介。
~子どもの精神保健・福祉の団体からのお手紙を受け取りました。
「すでに深刻なギャンブル依存が家庭を壊し、子どもを脅かしている」
「診察室には心に傷を負った子どもたちが訪れている」「カジノに反対を」と書かれていました。
私もギャンブルで家庭を壊された子どもの一人です。
だから今でも、パチンコ店の開店前の行列や、車でいっぱいの駐車場を見ると、家に取り残されている子どもがいるのではないか、お金がなくて苦しんでいる子どもがいるのではないかと、考えずにはいられません~

私は、この部分を語る時、必ず思い浮かべる光景があります。それがロールキャベツの思い出です。
私の父親は、私が物心がついた時にはすでに、パチンコに通い詰めで、母が苦労していました。
私が小学3年の時、母ががんで大きな手術を受けるために、1カ月以上入院しました。
小学6年の兄を筆頭に、3人兄弟がいましたが、父親は毎日パチンコに入り浸っていました。

その頃のことで、覚えているのは3つだけ。
一つは、パチンコ店の閉店が夜10時で、帰宅は毎日必ず10時半ごろだったこと。
二つ目は、近所に住んでいた父親の同僚の奥さんが、心配してロールキャベツを届けてくれたことです。
あの時はうれしかったと、私は記憶しているのですが、その後母から聞いた話では、
「訪ねて行ったら、子ども達が喜んで飛び出してきて、親じゃなくてがっかりしていた」そうです。
その他は、小学生3人で、どうやって生きていたのか、記憶がありません。
三つ目に覚えているのは、母の退院がうれしくて、前の晩にクッキーをかごに山ほど焼いて、お母さんのために家に置いて、学校に行ったことです。

あの時のロールキャベツだけは、今でも鮮明に思い出せます。
演説の時、必ずあのロールキャベツを思い出しながら、心を込めて訴えています。

ギャンブル依存症問題の専門家の先生によると、癌も精神疾患も、夫のギャンブルが原因だそうです。
母は癌を2回と、うつ病を患いましたが、うつ病のことは、全く記憶にありません。
がんもうつ病も、命を取られる病気で、下手をすると私も道連れにされていたかもしれません。
されなかったとしても、あの状況で母がいなくなったら、私は多分、生きていないと思います。
でも、母は頑張って生き延びて、私たちを守ってくれて、私はたくさんの人や制度に助けられて、道議会議員になることができました。
だから私は、使命をもって生きている、いや、生かされている、と思うのです。
苦しむ人の助けになりたい、苦しむ人が一人でも減っていくように、社会を前に進めたい…
だから私は、何としても、この選挙には勝たなければなりません。
私は今、多くの仲間と支えてくれる人たちがいます。
みんなの思いに応えるためにも、みんなと一緒に願いを叶えるためにも、
明日からも、全力で頑張ります。